この記事を書いた人
現在の年齢:30歳
当時の年齢:28歳
夫との出会い
夫との出会いは、私が働くスナックでした。
私は大学生の頃、友人たちと飲みに行ったスナックでママから勧誘され、ノリでアルバイトを始めました。
自分で言うのもなんですが、見た目は良い方で、大学生というブランドもあり、店ではそこそこ人気でした。
大学卒業と同時に辞めましたが、なんとなく就職のために大学に入ったというだけだった私は、給与の高い会社に入社することはできませんでした。
大学の就職課に求人広告のあった、名前も聞いたことないような会社の事務職で、手取りは20万を超えません。
賞与は夏季・冬季で一ヶ月分ずつ。
時給で計算したら終わりだと同僚から言われていましたが、計算してみたら、スナックの時給の方がはるかに上でした。
ママに連絡を取ってみると、快く再度雇ってくれることになり、会社での勤務後にスナックで働き始めました。
そのスナックに連れてこられたのが、夫であるリョウジさんでした。
医大時代の同級生だという男に連れてこられたリョウジさんは、その当時40歳。
小太りで背はあまり高くなく、髪も薄くなり始めており、正直、お世辞にも見た目が良いとは言えませんでした。
ただ、同級生の話では、リョウジさんは開業医の息子で、今は同級生と共に市立病院で働いていますが、将来は父親の後を継ぐ予定で、いわゆる将来有望株、ということでした。
同級生の男性は、お酒が入っていることもあり、
「こいつこんな見た目で独身なんだけど、どうやったらモテるかな?」
と何度も私に問いかけ、だんだん、リョウジさんのことがかわいそうになってきてしまいました。
「カッコイイって言ったら嘘になりますけど、お兄さんみたいな、お酒飲むとめんどくさくなる人より全然良いですよ」
普通なら怒られそうな言い方ですが、スナックに来るお客さんは、キャバクラなどと違ってこういうはっきりとした言い方を求めるお客様も多く、同級生の男性も
「言うねえ」と笑っていました。
結局二人は二時間ほど滞在しましたが、リョウジさんは喋ることも、カラオケを歌うこともほとんどありませんでした。
最後に、すっかり酔ってフラフラになった同級生に代わり、リョウジさんは自分のカードで支払いを済ませました。
「ちゃんと、あとからあの人にお金もらわないとだめですよ」
このまま立て替えたままで済ませそうな雰囲気だったので、冗談めかして言うと、店に来て初めてリョウジさんが笑いました。
「あれでも良いところあるんですよ。今日も、僕のために合コンをセッティングしてくれて。まあ、だめだったんですけど…」
と、リョウジさんは苦笑いして、まっすぐ歩くことのできない同級生を連れて帰っていきました。
それからリョウジさんは、同級生と一緒に来る日もあれば、一人でスナックに訪れる日もあり、次第に会話が増えていきました。
自意識過剰と言われるとそれまでですが、彼は私に気があるように思えました。
付き合う気は全くありませんでしたが、結婚するならああいう男の方が良いと、恋愛経験豊富なママから言われました。
ママの言葉には説得力があり、気付けば私はリョウジさんのことを考えるようになっていきました。
リョウジさんが通い始めてから数ヶ月経ち、私の誕生日パーティがお店で行われることになりました。
キャバクラのようにたいそうなものではありませんが、ママが冗談なのか本気なのかわからないトーンで、誕生日の数週間前から、
「当日はプレゼントを持ってくるように」
と、常連客に言いつけていました。
今思えば、リョウジさんにきっかけを与えるためだったのかもしれません。
誕生日当日、常連客たちが持ってきてくれたのは、有名店のお菓子や、スーパーで売っているものよりは若干高いワインなどでしたが、リョウジさんは、紙袋を見た瞬間にわかる、ブランドもののバックを持って来てくれました。
常連客たちに冷やかされながらくれた紙袋の中には、連絡先の書かれたメモが入っていました。
(迷惑でなければ連絡がほしいです)
と、控えめな書き方でした。
好きかどうか聞かれたら、嫌いではない、という返ししかできない程度の気持ちしかありませんでしたが、連絡を取って食事を重ねる内に、取り立てて悪いところもないことに気づきました。
何より、大学生の頃からスナックで働いてしまったことで、金銭感覚が少しおかしくなっていました。
収入が多いということに越したことはありません。
ママが言うように、結婚するならこの人なのかも、と思うようになりました。
ただ、さすがにまだ食事に行っているだけで、付き合っているつもりはなかったのに、
「結婚してください」
と言われたときは驚きましたが、一週間考える時間をもらい、私は「はい」と返事をしました。
ベタな展開
結婚して、私は会社員の仕事を辞めました。
リョウジさんの収入だけで十分生活ができるので、働かなくていいよと言われたからでした。
なんなら、家事も代行サービスを頼むので、しなくてもいいと言われました。
それではさすがに手持ち無沙汰すぎるし、家事はやりつつ、リョウジさんが夜勤でヒマな日は、ママに頼んでスナックで働かせてもらいながら過ごしていました。
そんな生活にストレス感じることはありませんでした。
とても良いことなのですが、私はこのままずっとこうして生きていくのかと思ったら、なんだか急につまらない人生だなと思うようになっていきました。
子どもができなかったことも、悪い考えに拍車をかけていきました。
結婚して一年経ち、夜の営みはそれなりにありましたが、子どもはできませんでした。
まだ一年しか経っていないし、とも思いましたが、リョウジさんは医者だし、そういうことに詳しいかも、と思い、一度検査してみないか?と軽い気持ちで言ってみました。
別にリョウジさんに原因があると思って言ったわけではなかったのですが、そのときのリョウジさんはひどく悲しそうな顔をしていたのを覚えています。
私は子供があまり得意ではないので、できなかったらそれはそれでかまわないと思っていました。
私の両親は孫を楽しみにしているようでしたが、リョウジさんの両親は結婚したときから、
「最近は考え方が多様化しているし、二人に任せる」
と言ってくれていました。
「リョウジさんは、別に子どもできなくてもいいかなって思う?」
リョウジさんにそう聞いたとき、彼は私の顔色を伺っているようでした。
自分の思っていることを正直に言えばいいのに…。
私はリョウジさんのはっきりしない態度に、急にイライラし始めました。
「私は別に、子どもできなくてもいいって思ってるよ」
そのあとリョウジさんがどんな顔をしたのか見るのも嫌で、私は自室にこもり、高校時代からの友人に連絡を取りました。
すると、友人から思わぬ答えが返ってきました。
「実は、高校のときの同窓会をやる予定があるんだけど…」
「ミキ結婚したばっかだから、斉藤くんと会って昼ドラみたいな展開になっても困るしさ」
「二人とも、今回は呼ぶのよそうかって話してたんだよね」
斉藤くんは、私の高校時代の元カレです。
何か決定的な原因があって別れたとかではなく、進学先の関係で遠距離になって別れただけでした。
私は未練タラタラで、ダメな男に捕まる度に、
「斉藤くんだったらきっとこんなことにならなかったのに」
と常々言っていました。
そのため友人は、会わせるのは良くないと思っていたようでした。
「まあ、あんまり旦那さんとうまくいってないなら、ちょっと気分転換になっていいんじゃない?」
「バレても、あんたの旦那さん慰謝料請求とかしなさそうだし」
…女同士の会話なんて、所詮こんなものです。
そうして、絵に書いたように、同窓会の夜、私と斉藤くんは関係を持ってしまったのです。
今までの人生
斉藤くんとはやっぱり話が合い、一緒にいて楽しいと思いました。
リョウジさんが夜勤の日を狙って、私たちはデートを重ねました。
その日は土曜日で、リョウジさんが出勤の日だったので、斉藤くんの家で一緒に過ごしていました。
お酒も飲んでイイ感じの雰囲気になってきたところで、突然インターホンが鳴りました。
ドアスコープを確認した斉藤くんは、明らかに動揺していました。
ドアの向こうでは、ドアを叩きながら「開けてよ」と女性が叫んでいました。
そういえば斉藤くんとこういう関係になったときに、元カノの話をされたことがありました。
元カノはいわゆるメンヘラで、別れ話をしたのに未だに連絡をしてきて困っている、と話していました。
他の女性と連絡を取っていても不自然じゃないように思わせるための嘘かと思いましたが、目の前の斉藤くんはとても怯えているようだったので、本当の話のようでした。
普段は居留守でやり過ごしているそうですが、元カノはドアの外で叫び続けており、近所の人たちに警察に通報されるのも、時間の問題のような気がしました。
警察に連絡するかと聞くと、斉藤くんは、一応元カノだったので、そこまではかわいそうだと言い出しました。
そんな態度だから元カノに付きまとわれるんだと思い、思わず私はドアを開けてしまいました。
「あなたが元カノ?今付き合ってるのは私だから、いい加減にしてくれない?迷惑なんだけど」
そう言うと、ある程度予想はしていましたが、思い切り頬を叩かれました。
罵声を浴びせられるかと思いましたが、元カノはそのまま走って帰って行きました。
その後は、とてもじゃないですが一緒にいれる雰囲気ではなかったので、私は帰宅しました。
駅に向かって歩きながら、ふと、懐かしさを感じました。
付き合った相手に彼女がいて、彼の部屋で鉢合わせて修羅場になったり。
母親が病気ですぐに大金が必要なんだと言われて、借金の保証人にされそうになったり。
今まで付き合った彼氏は、そんな人たちばかりでした。
最近はリョウジさんのおかげで、すごく平和な日々を送っていました。
で、それの何がいけなかったのだろうと、ふと思ってしまいました。
大切だったはずなこと
家につき、ドアを開けると、甘い匂いがしました。
玄関には革靴があり、すでにリョウジさんは帰っているようでした。
「今日は早かったんだね」
「うん。元々今日は人が足りなくて、午前中だけ来てほしいって言われてただけだったから」
一瞬、斉藤くんとの関係がバレたのかと思い、ドキッとしましたが、リョウジさんは笑顔でした。
「これ、サプライズでつくろうと思って」
テーブルには、お皿にこれでもかと重ねられたパンケーキがありました。
「ミキちゃんの好きな桃で何かつくりたいなって思ったんだけど、料理なんて全然しないからさ」
「パンケーキでも作って、上に乗せて食べようと思って」
と言って、冷蔵庫から木箱に入った桃と、絞るだけのホイップクリームを取り出しました。
なんで急に、と聞こうとして、私はハッとしました。
明日は、二回目の結婚記念日でした。
「あ、明日はちゃんとホテルのディナーの予約取ってあるんだけど、それだけじゃ去年と一緒だなと思って」
…私は涙が出そうになりました。
こっちは何の罪悪感もなく斉藤くんと関係を持ち続け、結婚記念日も忘れていたのに。
リョウジさんは、一生懸命、この日の計画を立ててくれていたのです。
パンケーキは焦げていたり生焼けだったりで、リョウジさんはもう食べなくていいと私の分のお皿を取り上げようとしましたが、私は全部食べきりました。
翌日のディナーの方がおいしかったはずなのに、何を食べたのか、今では全く思い出せません。
でも、焦げ目のひどさや、大量にかけすぎたホイップクリームなど、パンケーキのことは、いまだに頭の中にはっきりと浮かんできます。
それくらい私は嬉しかったんだと思います。
リョウジさんがお風呂に入っている間にスマホをチェックしていると、斉藤くんから「迷惑をかけてごめん」とメッセージが届いていました。
斉藤くんには、大切なことに気づかせてくれてありがとう、とだけ返信して、そのままブロックしました。
その後
斉藤くんとはその後全く連絡を取っておらず、同窓会にも行っていません。
あれから二年経ち、相変わらず子どもはできず、ヒマな夜はスナックでアルバイトをする日々です。
刺激が欲しくなったら、韓国ドラマを見るようになりました。
意外なことにリョウジさんも韓国ドラマにハマり、リョウジさんが夜勤じゃない日は、夕ご飯を食べ終わったらドラマ鑑賞するのが日課になりつつあります。
また、あの結婚記念日を境に、私はリョウジさんの好きなことを探すようになりました。
リョウジさんは、私が桃のスイーツばかり食べるので、私が桃が好きだということを知っていましたが、私はリョウジさんが何を好きなのかわからず、アレルギーは特にない、ということぐらいしか知らなかったのです。
リョウジさんは他人を優先する性格なので、食べ物に限らず、何が好きなのか聞くと、「特にないかなあ」と答えます。
そのため好きなことを当てるのが難しいのですが、最近では反応を見て探るゲームのようで楽しく、マイブームになっています。
都合が良いかもしれませんが、斉藤くんのことはリョウジさんに言っていません。
私のことを責め立ててくれるなら言っても良いかなと思っていましたが、リョウジさんはきっと自分に悪いところがあったから不倫したんだと思いそうだったので、言うのをやめました。
不倫をしても誰も幸せになんかならない。
これからは、何も起こらない日々を今まで以上に大切に生きていこうと思います。