この記事を書いた人

現在の年齢:32歳
当時の年齢:29歳
元妻との出会い
元妻のカナコとは、高校の同級生でした。
カナコは、同級生の中でも大人びた子でした。
学級員をしており、所属するテニス部では部長をしていました。
後輩からも慕われており、移動教室の途中で後輩に話しかけられている姿をよく見かけました。
対して俺は、サッカー部でしたがベンチ入りすらできず、特にリーダーシップがあるわけでもなく。
自分で言うのもなんですが、クラスでも部活でも、いじられキャラで通っていました。
そんな正反対の俺たちが仲良くなったきっかけは、三年生のときの文化祭でした。
俺たちの学校は、5月に文化祭をしていました。
そのため、高校生活最後の部活動の大会を控える生徒も多く、早く部活に行きたい生徒と、高校生活最後の文化祭を楽しみにしている生徒とで、クラス内でもかなりの温度差がありました。
言い合いになりそうになる度に、学級委員だったカナコが間に入っていました。
その日は、いつもと違いました。
サボる運動部の男子たちに女子の一人が注意したところ、他の生徒たちも巻き込んで、激しい言い合いになりました。
まずい、と思ったときには、最初に言い出した女子が泣き出してしまい、俺の友人が先生を呼びに行きました。
珍しくカナコが何も言わないなと思うと、教室の隅で目を擦っていました。
みんなそれどころではなかったので気づかなかったのですが、一人で泣いていたのです。
びっくりした俺はカナコと仲の良い友達を探しましたが、その友達は泣き出してしまった女子を宥めており、とても話しかけられそうな雰囲気ではありませんでした。
少し考えて、俺が言うしかないのかなと思いました。
「自分たちのことばっか考えてんじゃねーよ」
「こんな状態で部活行って、大会で勝ったって、嬉しくないだろ」
普段怒らない俺が、声を張ってキツイ言い方をしたのに驚いたようで、全員急に静かになりました。
運動部の男子たちは、小さな声ですが、ごめんと謝って、その場は収まりました。
先生は全てが終わった後に教室にやって来て、みんなが俺の方を見ていたので、俺が何かしたと思ったようで、なぜか俺だけが職員室に連れて行かれるというおまけ付きでしたが。
教室に戻ると、カナコ以外は全員帰っていました。
カナコが言うには、作業できる状態ではなかったので、今日は解散になったということでした。
カナコはどうして残っているのかと聞くと、俺のことを待っていたと言いました。
「私が泣いてたのに気づいたから、言ってくれたんだよね?」
なんと答えたらいいかわからなくて、あー、とごまかしていると、カナコが顔を赤くして、小さな声で
「ありがとう」
と言いました。
いつも大人びてるカナコの年相応なところを見て、
(あれ、こいつ可愛いな…)
と思ったことをよく覚えています。
そのあと下駄箱まで一緒に向かったのですが、会話がうまく続かず、天気の話だとか、全く中身のない話をしながら、お互いに部活に向かいました。
それからお互いがお互いを意識するようになっていき、文化祭当日、俺から告白し、付き合うことになりました。
俺たちの学校は高卒で就職する人が多く、俺とカナコも高卒で就職したので、大変なことは多々ありましたが、20歳で結婚。
すぐに子どもも授かったのでした。
息が詰まる生活
息子のコウタが、8歳になった頃でした。
息苦しさが限界に近づいていました。
元々大人びていたカナコは、息子が生まれると、よりいっそう、かわいげというか、隙がなくなっていきました。
チェーン店のカフェで店長をしながら、家事も完璧にこなしていました。
対して俺は、24時間体制の工場で働いており、夜勤もあるので、何か家事をしようとしても、
「コウキは仕事が大変なんだから、家ではゆっくりしててよ」
と言われ、ごみ捨てくらいしかしていませんでした。
子どもがいる同級生にこの話をすると、口をそろえて羨ましいと言われるのですが、俺としては、心が休まるときがありませんでした。
そんな頃、カナコにミクというママ友ができました。
カナコが近所の商業施設に息子を連れて行ったとき、迷子になっているミクの子どもを見つけたのがきっかけでした。
ミクはかなりの苦労人らしく、憔悴しきった様子を見かねてカナコが話を聞いていたところ、同い年だということがわかり、わりとすぐに仲良くなったそうです。
ミクの子どものタツヤの方が、俺の息子より2歳年上でしたが、子どもたちもすぐに仲良くなったようで、息子はよくタツヤの話をするようになりました。
次第にお互いの家を行き来するようになり、その日は、俺たちの家にタツヤとミクが遊びに来ていました。
カナコとミクは、話が盛り上がっているようで、声を上げて笑っていました。
こうしているとカナコも年相応なのにな…と思いながら、子どもたちと遊んでいました。
穏やかな時間を過ごしていると、急にカナコの携帯が鳴り、ベランダへ出ていきました。
「ごめんコウキ、仕事に行かないといけなくなっちゃった」
部屋の中に戻ってきたカナコは、慌ただしく仕事に向かう準備を始めました。
体調不良で急きょバイトの子が早退することになり、穴埋めに行ってくるとのことでした。
「カナコちゃん大変だね、がんばって」
ミクはそう言って、帰りたくないというタツヤの腕を引っ張って、帰り支度を始めました。
「ごめんね、ミクちゃんとタツヤくんは、ゆっくりしていって」
ミクは遠慮して帰ると言ったものの、タツヤに全く帰る気がなかったため、もう30分だけいさせてもらう、と言いました。
子どもたちはすぐに遊びを再開し、残された俺とミクは、気まずい雰囲気になりました。
気を遣って、ミクが、
「カナコちゃんは子どもを育てながら店長もしてて、すごいですよね」
と言いました。
俺も気を遣って、
「ミクさんもファミレスで働いてるじゃないですか」
と言うと、ミクは苦笑いしました。
「わたしはただのパートなので」
カナコから聞いた話だと、ミクは17歳のときに同級生の子どもを妊娠し、高校を中退。
当時の彼氏と結婚したものの、元夫は仕事が長続きせず、生活が立ち行かなくなり離婚。
内気な性格もあって、社員の面接がなかなか受からず、元々祖母の家だった空き家に住ませてもらい、パートで生計を立てていると聞いていました。
元夫は自分の生活費を稼ぐだけで精一杯なので、養育費が振り込まれないらしい、とカナコが以前怒っていました。
「ミクさんは、誰がなんと言おうとがんばってますよ」
「カナコもそうですけど、仕事もして、子育てもするって、本当にすごいなって思います」
そう言うと、ミクは、今にも泣き出しそうな顔で笑いました。
「パートのおばさんたちに、中卒だから常識がないんだってコソコソ言われて、最近しんどくて」
「がんばってるって言ってもらえて、嬉しいです」
コウキさんはいい旦那さんですね、とミクは言いました。
「いい旦那なんかじゃないですよ」
カナコはなんでもできるので肩身が狭いと言うと、ミクは「少しわかる気がします」と言いました。
近い友達よりも遠くの他人の方が話しやすいときがある、と言いますが、俺とミクの微妙な距離感がまさにそれだったのかもしれません。
「同い年ですし、敬語やめませんか」
俺はそう言って、連絡先を交換してしまったのです。
一線を越えた日
俺とミクは、お互いの悩みだったり、愚痴をLINEでやりとりするようになりました。
俺の家にミクが遊びに来ても、二人で会話をするということはなく、二人で話すのは、LINEのみでした。
浮気しているわけではないのですが、お互い、カナコに後ろめたかったのだと思います。
そんな中、ミクから相談を受けました。
相談の内容は、元夫からヨリを戻したいという連絡が頻繁に来るようになった、というものでした。
ついには同級生伝いにミクの家を突き止めたようで、家まで来るようになったと言いました。
警察に相談するように言いましたが、ちょっとバカなだけで、暴力を振るうようなタイプではないからと、警察には相談しないと言いました。
しかたなく、何かあったらすぐに連絡するようにだけ伝えました。
そんなやり取りをした数日後でした。
夜勤明けで、一眠りして起きて、昼ごはんを食べようとしていたときでした。
慌てて打ったのか、『来た』の一言だけ、メッセージが届きました。
息子は小学校で、カナコは仕事中だったので、俺はひとまず一人で行こうと思い、家を出ました。
ミクの家に行くと、玄関で、元夫らしき人とミクが言い争っていました。
止めに入ろうとしたとき、ミクが、
「あの人と付き合ってるの。だから、もう来ないで」
と言いました。
元夫らしき人は、見た目は田舎のヤンキー風でしたが、ミクの言う通り、気はあまり強くなさそうで、
「なんかあったら連絡しろよ」
と、俺にマウントを取るような言い方をして、帰っていきました。
大丈夫かと聞くと、ミクは力なく頷きました。
「急にすみません、もう、大丈夫なので」
そう言いましたが、ミクの体は震えており、思わず、手を握りました。
ミクは驚いていましたが、手を振り払おうとはしませんでした。
鉢合わせる
その日を境に、俺たちはミクの家で会うようになりました。
平日の昼間であれば子どもたちはいないので、カナコが仕事に行っている日で、二人のシフトが合う日を確認すると、俺の夜勤明けの日も合わせれば、隠れて会うことは難しくありませんでした。
それをカナコが知ることになったのは、ミクと関係を持ってから三ヶ月程のことです。
ミクの家で、借りてきたDVDを見ていたときでした。
「ただいまー!」
「おじゃましまーす!」
突然、ミクの子供のタツヤと、俺の息子のコウタが家に入ってきたのです。
「なんで!?」
ミクは焦っていましたし、俺は動揺のあまり、声が出ませんでした。
「なんか、先生たち会議があるから、給食食べたら帰っていいって」
そういったお知らせがあったことをタツヤは忘れていたようで、タツヤから知らされなければ、ミクは知る由もありません。
息子のコウタは、お母さんには言ったよ、と言いましたが、俺は知りませんでした。
コウタの話によると、俺が夜勤明けの日なので、起こしてしまうと悪いからと、カナコの仕事が終わるまで、カフェで待たせてもらうことになっていたそうです。
ただ、小学校から帰っている途中で偶然タツヤと会い、一緒に遊ぼうと、二人で帰ってきたということでした。
「なんでお父さんはここにいるの?」
息子のコウタに聞かれて、俺は何も言い訳が浮かんできませんでした。
「コウキさんは、私が呼んだの、ちょっと男の人じゃないと動かせないものがあって」
タツヤは気にせずに、冷蔵庫からジュースを出して好きなようにしていましたが、息子は、じっと俺のことを見ていました。
「コウタ、お父さんはもう帰るよ、五時になったら迎えに来るから」
そう言って、息子の目を見れないまま、ミクの家を出ました。
「お父さんを取られる」
そのあとの記憶は曖昧でした。
五時に息子を迎えに行き、カナコが帰ってきて、気づけば夜の九時でした。
おやすみなさいと言って寝室に行った息子が、泣きながら戻ってきました。
そして、
「お父さんがタツヤのお母さんに取られちゃう」
と言ったのです。
カナコは俺の顔を見て、察したようでした。
「コウタ、おばあちゃんのところに行こうか」
息子は行きたくないと言いましたが、カナコはむりやり息子を連れて家を出ていきました。
一時間程で戻ってくると、カナコは静かな声で聞きました。
「ねえ、どういうこと?」
もう隠せないと、これまでのことを全て話しました。
「ごめん、でも俺、ずっと息が詰まってたんだよ」
そう言うと、だったら何?とカナコが声を荒らげました。
「コウキのために、仕事も家事もがんばったし、コウキが家でゆっくり休めるように気を遣ってたのに、なんで!」
手近にあったクリアファイルを、カナコは投げました。
「しかも、私の友達と?ありえないでしょ!」
それから、雑誌、マグカップ、ハサミと、当てるつもりはなさそうでしたが、手近にあるものを投げ始めました。
「ミクって守ってあげたくなる感じの女の子だもんね」
「かわいげがなくてごめんね」
「昔よくマネージャーに言われたわ、お前は仕事はできるけどかわいげがないから、店長から目の敵にされるんだよって」
初めて聞いた話でした。
カナコは結婚前からあのカフェで働いており、結婚前はよく仕事仲間とごはんに行ったり遊びに行ったりしていたので、ずっとうまくやっているものだと思っていました。
そこでふと、文化祭のときのことを思い出しました。
カナコは限界までがんばってしまうし、人に頼ることができないから、誰かが止めてあげなければいけなかったのです。
それを、いつしか忘れてしまっていました。
「ごめん」
謝ること以外、できませんでした。
カナコは何も言わずにキャリーケースを出してくると、荷物を詰めて、家を出ていきました。
その後
その後、カナコと直接話すことはありませんでした。
もう一度会って話したいとメッセージを送りましたが、既読がついただけで、返信はありませんでした。
ある日仕事から帰ってくると、テーブルの上に離婚届と、便箋が残されていました。
部屋にあった物も減っていたので、俺がいない間に、荷物をまとめたようでした。
便箋には、実家に住むことにしたので、家具や家電はいらない、残っているものは好きにしてほしいと書いてありました。
また、実家に住むので家賃もかからないし、養育費も慰謝料もいらないと赤いボールペンで書いてあり、横には印鑑も押されていました。
もう金銭的な関わりすら、俺と持ちたくないという意思表示でした。
あれから三年経っていますが、もちろん息子には会わせてもらっていません。
寂しいですが、俺は、カナコを裏切っただけでなく、息子の友だちも奪ってしまったので、当然のことでしょう。
同級生にもあっという間に噂が広まったようで、仲の良かった男友達から、俺のことを心配するメッセージと共に、いつかカナコの友達に刺されるぞ、というメッセージが続けて届きました。
カナコとは共通の知り合いが多かったので、そのメッセージを見て、やはり、もう地元を離れるしかないなと思いました。
今は、工場で働きながら、付属の寮で暮らしています。
受け取ってもらえるとは思えませんが、いつか息子に渡せたらと思い、貯金をすることだけが今は生きがいです。