この記事を書いた人

現在の年齢:30歳
当時の年齢:27歳
出会い
妻のあいりと出会ったのは、25歳のときでした。
会社近くのカフェで働いていた彼女は、かわいらしい顔をしており、そんな顔立ちにしては、正直に言えば胸が大きめで、男心を掴む見た目をしていました。
出勤前に立ち寄って癒やされていたのは、きっと僕だけではなかったと思います。
ただ、僕は友人にもよくいじられますが、良くも悪くもどこにでもいそうな、パッとしない見た目で、彼女とどうにかなりたいとは全く考えていませんでした。
ただ、そんな僕に転機が訪れました。
「持ち帰りですよね?いつものでいいですか?」
ある日、顔を覚えてくれたのか、そう笑顔で聞かれました。
驚きすぎて、ただ、頷くことしかできませんでした。
顔だけでなく、いつも注文する飲み物まで覚えてくれたことに浮かれ、出勤してすぐに後輩に話すと、
「先輩、気持ち悪いっすよ」
といじられたことをよく覚えています。
それから、当たり障りない天気の会話から、徐々に話すことができるようになり、女子大生だと思っていた彼女が、自分と同い年だということを知ります。
「童顔でよく年齢より下に見られるんです」
と笑った彼女はとてもかわいく、思えばそこで、ただの客と店員ではなく、彼女と付き合いたいと思うようになったんだと思います。
彼女のことを相談していた職場の後輩には、さっさと連絡先を渡せばいいのにと言われましたが、向こうはただの客としか思っておらず、気まずくなってこの朝の癒やしがなくなったらと思うと、なかなか勇気が出ませんでした。
そんなある日、彼女の方から、
「田中さんって、彼女いるんですか?」
と聞かれました。
突然だったので、
(浮かれるな、ただの会話の一貫だ)
と言い聞かせながら首を振ると、
「じゃあ、これ渡しても大丈夫ですね」
と言って、彼女は折りたたまれた小さなふせんを渡して来たのでした。
猫の形をしたそのふせんには、SNSのIDが書かれていました。
会社に着いてから、半信半疑で連絡すると、お昼頃に彼女からの返信が届いていました。
そこには、僕のことが良い人だなと思い、気になっていたと書かれていました。
これはさすがに期待しても良いんじゃないかと思い、僕は思い切って、食事に誘いました。
彼女は快く了承してくれ、何度か食事に行きました。
そうして何回目かの食事で、後輩にもベタすぎるとバカにされましたが、夜景が一望できるレストランで、よかったら付き合ってほしいと告白しました。
彼女は
「嬉しい」
と言って、緊張で手汗をかいた僕の手を、優しく握ってくれました。
浮かれていた僕は、後輩から、
「そういうボディタッチの仕方してくるやつって、絶対遊んでますよ」
と忠告されたものの、それでも良いと思っていたのです。
デートをしていてもスマホをずっと手放さない彼女のことが気がかりでしたが、なんでそんなにスマホを触るのかと尋ねることはできませんでした。
他の男と連絡を取っているんだろうなと思いつつも、それを指摘したことによって別れられたらどうしようと考えてしまい、何もできないまま、ついにはプロポーズまでしてしまいました。
プロポーズを受け入れられたことで、他の男たちに勝った、という思い上がりもあったのかもしれません。
彼女の背後にある男の影を拭えないまま、こうして僕たちは結婚しました。
新婚生活とはなんだったのか
結婚後も、彼女は相変わらずずっとスマホを触っていました。
ただ、それを覗き見たり、ましてや、予定を共有するアプリを入れたり、位置情報を共有するといった、彼女の行動を監視する勇気は出ませんでした。
そんなある日、取引先でトラブルが起こり、直接関係はなかったのですが、偶然手が空いていた僕がその対応に行くことになりました。
とんだとばっちりだと、カフェで休憩をしてから会社に戻ろうとしたところ、そのカフェに、妻と、20代前半くらいの若い男の姿があったのです。
動揺のあまり、逃げるようにして会社に戻りました。
不倫されているかもしれないとは思っていましたが、いざ目の前にするとショックでした。
本来であれば妻に問い詰めるべきでしょうが、問い詰めて別れることになったらと思うと、決心できませんでした。
このときはまだ、妻のことが好きで仕方なかったのです。
あからさまにホテルに入ったとか自宅に行ったとかならまだしも、昼間にカフェにいるくらいは普通ではないか、と自分に言い聞かせました。
それに妻は、結婚してから雇用形態を社員からアルバイトに変えてもらってはいましたが、いまだに出会ったときと同じカフェで働いていたので、勤務後にお茶をしていただけかもしれなかったからです。
ただ、妻が働くカフェからは、数駅も離れていましたが。
それからは、妻がスマホを触っている度に疑うようになってしまい、気がおかしくなりそうでした。
妻とのことは、結婚する前から、きっと相談したら反対されると思い、友人に相談できずにいました。
ですが、さすがに耐えきれなくなり、ようやくそこで初めて、友人に相談をしたのでした。
一人ではなかった
結婚式にも呼んだ友人に事情を話すと、その友人は言いづらそうに、妻が男とホテルに入っていくのを見たと言うのです。
まだ結婚してから半年も経っておらず、やはりか、と思うと同時に、絶望しました。
友人はさらに追い打ちをかけます。
「まあ、相手も遊んでそうなおじさんだったし、本気ではないだろ」
と言うのです。
僕が見たのは、あきらかに僕より年下の男でした。
その話をすると、友人も驚いていました。
友人が見たのは、どう考えても自分たちより年上で、仕事のできる営業マン風の男だったということでした。
僕らはしばらく、何も言えませんでした。
友人は言いづらそうに、知人の探偵事務所を紹介しようかと提案してくれました。
「お前の性格上、自分じゃ奥さんに問い詰められないだろうし、すっきりする意味でも証拠を集めた方がいいだろ」
と言われました。
まったくそのとおりで、僕は頷くことしかできませんでした。
数日後、紹介してもらった探偵事務所に依頼をしたあと、友人と食事をしました。
友人が聞いた話では、妻の友達も、浮気を知っていたと言うのです。
友人は、結婚式で流してくれたサプライズ映像の関係で、妻の友達たちと何度か会っていました。
実はその際、友達というにはあまり仲が良さそうでなかったのが気になっており、それとなく探りを入れてみたところ、昔からそういう子だったから不倫してるだろうねと言われたそうです。
妻の夫になったのが、遊んでいそうな人ならともかく、僕みたいな男だったことをかわいそうに思っていたそうで、妻の友達たちは、地元の情報網で不倫していることを突き止めてくれたのでした。
ちなみに、相手は僕の友人が見た人とは別人でした。
地元の先輩で、写真もSNSで送ってくれたということで確認しましたが、僕が見た人物とも違いました。
1ヶ月後、再び友人と探偵事務所に訪れると、探偵の人にも、かわいそうなものを見る目で見られました。
「その、大変申し上げづらいのですが……」
もう不倫されていることはわかっているので、どうぞ言ってくださいと促しました。
ただ、探偵の人から告げられたのは、予想を上回ってくる妻の行動でした。
「その……8人、いました」
もう何も言えなくなった僕の代わりに、同席していた友人の方が怒りのあまり、差し出された資料をテーブルに投げつけていました。
妻との感覚の違い
探偵事務所を出た後、妻との話し合いに同席すると言って聞かなかった友人をなだめて帰し、自宅に戻りました。
妻に話があると言って、二人でダイニングテーブルに座りました。
妻は、帰ったときは笑顔でしたが、話があると言った瞬間、無表情になりました。
何の話をされるかわかったようでしたが、焦る様子はありませんでした。
「何の話かわかってるよね?できれば、あいちゃんから言ってほしいんだけど…」
せめて妻から謝罪してくれるなら、慰謝料の請求はなしにしようと思っていました。
「他の男の人と会ってること?別に隠してないから言ってもいいよ」
証拠をつきつけるまでもなく、妻は淡々と言いました。
「だって、わたし、可愛いからしょうがないじゃん」
悪いことをしたと思っている様子は全くありません。
「思い出してみてよ。あなただって、わたしのこと、見た目から好きになったんでしょ?」
「わたし、童顔のわりに胸あるから、昔からそういう目でみられるし、すぐわかるの」
「痴漢に遭いやすいのは困るけど、男の人はなんでも言うこと聞いてくれるから、ほんと便利」
「あなただって、誰からも良い人って言われて終わる男なのに、わたしみたいな可愛い子と結婚できてよかったじゃん」
僕が何も言えないのを良いことに、妻は一人で喋り続け、そんなようなことを言っていました。
妻があまりにも自信満々に語るので、僕はだんだん洗脳されたかのように、妻の言う通りかもしれない…と思うようになっていきました。
ただ、妻は、さすがの僕でも許しがたいことを言ったのです。
「わたしも、『あなたみたいにかわいい子なら、もっと良い男と結婚できたんじゃない?』って言われて気持ちいいし、需要と供給が一致してるんだから、多少の遊びは見逃してよ」
妻は、僕みたいなパッとしない男と結婚することで、内面まで良い女なのだと周りにマウントを取りたいためだけに、僕と結婚したのです。
僕は最後に一つだけ、確認することにしました。
「ねえ、僕のこと少しでも好き?」
「え、好きだよ」
それを聞けただけでも良かったことにしよう、と自分に言い聞かせたのですが、妻は、僕の予想をさらに裏切ってきました。
「わたしのこと好きって言ってくれる人は、頭おかしい人じゃなければ、みーんな好き」
さすがの僕も、限界を超えました。
そして、彼女が傷つくと思って、黙っていたことを告げることにしたのです。
ミサの裏切り
「僕も隠してたことがあって」
「珍しいね、なに?」
「あいちゃんが不倫してるって話、基本的には僕の友達から聞いて、探偵の人に調べてもらったんだけどさ」
「え、探偵の人に依頼したの?別に聞かれたら言ったのに」
余裕があるのも今のうちだ、と冷静に考える自分がいました。
「探偵の人に依頼する前に、僕の友達が思い立って、あいちゃんの友達にも話を聞いたんだよ」
「なんで連絡先知って……ああ、サプライズのムービー撮ってくれたんだっけ」
「そう。それで、あいちゃんの友達たちも、情報提供してくれたんだ」
この時点で少しはショックを受けるかと思ったのですが、妻はなんとも思っていない様子でした。
「だって、ミサ以外は、利害の一致で友達やってるみたいなものだし」
「わたし、こんな見た目で男と遊ぶから、女子に好かれないの。わかるでしょ?」
妻がこうなってしまったのはそういう背景があってのことだと思うと、今思えば少しは心が痛みますが、そのときの僕は、怒りのあまり余裕がありませんでした。
「ミサちゃん以外は、あいちゃんは不倫するだろうなって思ってたけど、相手までは知らなかったよ」
さすがに、妻の表情が固まりました。
「え?ミサ以外?」
「教えてくれたの、ミサちゃんだよ」
「え?なんでミサが?え?」
さすがの妻も、動揺して、ミサちゃんに確認しようとしたのか、スマホを掴もうとしてうまく掴めず、テーブルの下に落としていました。
そのスマホを拾って、僕は、ミサちゃんのSNSの写真を見るように促しました。
妻がミサちゃんのアカウントを開いたところでスマホを借り、たくさんの写真の中から、顔は隠されているものの彼氏と写っている写真を選択し、妻に見せました。
「マッチングアプリで知り合った彼氏と付き合い始めたとは聞いたけど、詳しくは知らないし、なんなの?」
「その腕時計、見覚えない?」
そのSNSに写っている男は、蛍光色のベルトのスマートウォッチをつけていました。
妻はようやく気づいたのか、怯えた顔で僕を見ました。
「だから、ミサはわたしのこと売ったの?」
売った、という表現をした妻に、だから友達ができないんだよと悪態をついてしまいそうになりましたが、必死に抑えました。
「先に彼氏を取って、裏切ったのはあいちゃんだよ」
妻は、唯一の信頼できる友達であるミサちゃんの彼氏を寝取った形になったのでした。
「わたし悪くないよ、だって、あいつ、彼女いないって言ってたし」
「ミサちゃんにそう言ってみれば?」
そう言うと、妻は黙り込みました。
そもそも、夫がいるのになぜ他の男と遊んだのかと言われたらそれまでだということは、さすがの妻もわかっていたようです。
「離婚しよう」
「待って、やめてよ、反省するから、ねえ!」
おそらく、先程までは、離婚になってもミサちゃんという保険があったので余裕だったのでしょうが、僕と離婚したら、信頼できる人間が誰もいなくなると思ったのでしょう。
妻は必死に、離婚したくないと繰り返しました。
まだ新婚で、妻のことを好きだという思いはあるので少しだけ迷いましたが、妻のこれからの人生を考えたら、離婚すべきだと思いました。
「離婚した方が、あいちゃんのためでもあると思う」
「僕といると、僕をミサちゃんの代わりにして終わるよ」
「あいちゃんは、人に依存しないで生きる方法をちゃんと考えたほうが良いと思う」
話し合いで離婚してくれないなら裁判をしても構わないと告げると、さすがの妻も、小さな声でわかったと言いました。
その後
妻と離婚した後、3年も経つのに、同級生と飲むと、未だに当時のことでいじられます。
きっと彼らなりの優しさなので、僕は本当に良い友達を持ったと思うようにしています。
離婚直後にミサちゃんから聞いた話によると、妻は地元に戻り、親戚がやっている工場で事務仕事をやらせてもらっているそうです。
妻はカフェで働いているとき、とても生き生きとしていました。
同じカフェでは働けないにしても、別の飲食店で働くものだと思っていたので意外でしたが、ミサちゃんの話によると、男遊びを控えるためではないかということ。
地元の同級生たちが見ている限りは、男とどこかに出かけている様子はないとのことでした。
工場で事務仕事をしている限りは、職場の人も年配の人たちばかりだということだったので、遊びようがなさそうでした。
飲食店と違って、お客さんにナンパされる心配も、お客さんをナンパする心配もありませんし。
なんだかんだあいちゃんのことは大好きだったので、そんな話を聞くと少しは心がざわつきますが、僕は、友達の方を大事にしようと思います。